今回は世界的に著名な科学博物館「エクスプロラトリアム」にお邪魔してしまいました!

エクスプロラトリアム

――博士、お会いできて光栄です。昨日まで、日食のウェブ中継で、トルコにいらしたようですね。

ポール:ええ。皆既日食だったんです。エクスプロラトリアムのサイトを通して、世界中の人々にライブで映像を送りました。

――日食のウェブ中継ははじめてだったのですか。

ポール:いいえ、3回目です。1999年にトルコから、2002年にザンビアから中継しました。

――そのような企画のときはどこかから資金を受けているのですか。

ポール:ええ。NASAが資金を出してくれたんです。私たちは人里離れた場所でプロジェクトを実行する専門家ですから。1トンもの衛星通信用のパラボラアンテナをいかだに乗せて、丸1日かけてザンビアのザンベジ川を下りました。それからアンテナを岸に引っ張り上げて、まわりにゾウよけのワイヤーを巻きました。ゾウに壊されては困りますからね。それから発電機を動かして、アフリカの無人地帯の真ん中からウェブ中継をやったのです。そんなことができるのは世界中を見回しても私たちのほかにはほとんどいませんよ。

――すごいですね。

ポール:おもしろかったですよ。設備も全部自分たちのものでしたけどね。でも、NASAからその仕事の依頼を受けたことをとても誇りに思っています。確かにお金の心配をする必要がありませんし、それは大きなことですけど、NASAのほうでも結果を心配する必要はないんですよ。私たちなら間違いなくやれますから。これはとてもいい協力関係です。

エクスプロラトリアムには博士号を持つ自然科学者が8人いるんですが、他の科学者たちもみんなウェブ中継をやれます。でも、遠いところ、他の学者たちがちょっと危険かと思うような場所に出かけていくのが好きなのは私1人なんです。

――博士には科学者の頭脳と冒険者の心があるんですね。

●ポール・ドハーティ博士

物理学者、教師、そしてロッククライマー。
マサチューセッツ工科大学で固体物理学の博士号を取得。オークランド大学で物理学、天文学、地質学など広範囲にわたる科学コースを担当。1997年から、エクスプロラトリアムの主任研究員。サンフランシスコ州立大学の物理学の助教授でもある。
1999年、California Science Education Advisory Councilより「管理者オブザイヤー」賞を受賞。2002年、Distinguished Teacher Awardを受賞。2003年、科学コミュニケータとしての業績が認められNSTAのファラデー賞を受賞。
ロッククライマーとして、世界各地の岸壁のロッククライミングにも挑戦している。

ポール博士のウェブサイト:
Scientific Explorations And Adventures

『私も自分のウェブサイトを公表しているんですよ。』

インタビューの様子

――ところで、私たちは昨年、学研科学創造研究所という研究所を設立しました。その最初の活動として、私たちはウェブサイトを作りました。(といって、パソコン画面を見せる。)このサイトは、科学のおもしろさを伝える役割の人々、学校の先生、博物館、図書館などの学芸員・司書の方々とのコミュニケーションを目指しています。私たちは、このウェブサイトで、こうした科学コミュニケーターの方々とコンテンツを共有したいと考えているんです。

ポール:なるほど。

ポール:私も自分のウェブサイトを公表しているんですよ。ブログほどじゃないですけど、いろいろなアクティビティを掲載しています。1週間か2週間に1回。今はちょっと更新が遅れていますけど。トルコに行っていましたから・・・何百ものアクティビティが掲載された私のウェブサイトをご覧いただいたでしょう? (今度は博士のウェブサイトを見ながら)これはその1つです。

――中身がぎっしりですね。

ポール:そうなんです。盛りだくさんです。私はこういうのが好きなんですよ。

『米国で2番目に大きな博物館オンラインだったんです。』

――学研にはもう1つウェブサイトがあります。子ども向けの学研サイエンスキッズです。(パソコン画面でサイエンスキッズを見せる。)

ポール:すばらしいですね! 本当にすばらしいことです。日本語ができて、アクセスできるなら、米国の子どもたちにとっても素敵なサイトだと思います。

――私たちは英語のページも作りたいと考えています。

ポール:そうですか。それはいいですね!

――私はもともと科学の雑誌の編集者でしたが、こうしたウェブパブリッシングも社内で最初に始めました。

ポール:ほう。いつお始めになりましたか。

――今年でちょうど10年目です。

ポール:それはすごいですね。私は、今年で7年目です。あなたのほうが3年も早くからやっていたのですね。エクスプロラトリアムとしては最初のページを発表したのが 1992年だったと思いますから、14年くらいになりますけど。(実際にはそれよりも2,3年前からスタートしていたそうです。)

――1992年にはインターネットがありませんでしたが・・・。

ポール:ええ。ですから「モザイク」でやっていたんです。それはネットスケープより前です。

――「モザイク」は、たしか92年か93年でしたね。

ポール:そうです。私たちは世界中で600以上のウェブページを持っていました。ですから、米国で2番目に大きなオンライン博物館だったんです。

――トップはどこだったのですか。

インタビューの様子

ポール:バークレー古生物学博物館です。あそこには負けましたね。彼らは今もすばらしいウェブサイトを作っています。私たちのすぐ後に続く第3位がフィラデルフィア・フランクリン・インスティテュートでした。でも、彼らは早くからオンラインを始めましたのに、やめてしまいました。続かなかったんです。ですから、早くから始めて、それを続けているというのはすごいことですよ。本当にとても感動しました。

●エクスプロラトリアム

米国カリフォルニア州サンフランシスコにある子どもと家族向けの科学博物館。
1969年に物理学者で教育者でもあったフランク・オッペンハイマーにより作られた。現在はNGO組織で運営されている。子どもが触って体感できる「ハンズオン」方式の展示による、世界で最初の体験型サイエンスセンターである。
オンラインの科学展示や実験を盛り込んだウェブサイトも有名で、1997年以来何度も、優れた科学サイトに贈られるWebby Awardを受賞している。

エクスプロラトリウムのウェブサイト:
Exploratorium: the museum of science, art and human perception

こちらから「エクスプロラトリアム取材記」もご覧になれます。

『人々を日常の世界からナノスケールの世界へ連れていきます。』

――私たちは科学について子どもたちから質問を受け付けています。(サイエンスキッズの質問ページを見せる。)たとえば、ここに、「どうしてチョウやガをさわると手に粉がつくのですか?」という質問が出ています。それに対して、ここにイラスト付きの答えが提示されています。日替わりでいろんな質問を取り上げているんですよ。

ポール:私たちが今取り組んでいる題材の1つにナノテクノロジーがあるんですが、私はナノテクへの導入にモルフォチョウを使っています。羽を10倍に拡大すると、このページにあるような鱗粉が見えます。顕微鏡で100倍にすると、鱗粉の細部が見えるようになります。さらに走査電子顕微鏡で見ると、ナノスケールで見ることができます。500ナノメートルのレベルです。干渉によって青色光が反射され、こんなふうに見えます・・・。ほら、モルフォチョウの羽の構造です。

 ここでは、まずチョウを見て、顕微鏡で鱗粉を見て、走査顕微鏡を使って、それから高解像度の走査電子顕微鏡で1マイクロメートルまで見る、というように一連の画像を見ることができます。ここに小さな線があるでしょう? これは、500ナノメートルごとに引かれています。これが青色光を反射する間隔です。

このようにして人々を日常の世界からナノスケールの世界へ連れていきます。人々が知っているものから始めて、虫眼鏡、顕微鏡、そして知らない世界――走査電子顕微鏡へと進んでいくのです。私たちはこのようにやっています。私はこの画像がとても気に入っています。

――現実には体験しにくい科学の世界をバーチャルに体験するアクティビティの好例ですね。しかも、ウェブサイトを使うことによって、世界中の人々と共有することができます。

ポール:そうです。エクスプロラトリアムのサイトには国外からもたくさんのアクセスがあります。

『日本から発信される科学的な活動に非常に心を動かされています。』

――ほかの国の同様のサイトもご存知ですか。

ポール:コスタリカの国立科学財団CIENTECのウェブサイトにも子ども向けのさまざまな科学アクティビティが掲載されています。ほとんどはスペイン語ですが、少しは英語のものもあって、私のアクティビティもたくさん使われています。

――おもしろそうですね。後ほど、じっくり見てみます。

インタビューの様子

ポール:ぴったりの情報源がありますよ。今あなたのコンピュータ上でエクスプロラトリアムにアクセスして、「10クールサイト」を開いてみてください。すぐれた科学アクティビティ・サイトがリストされています。それも過去10年分! 物理に関するもの、化学に関するもの、ハンズオンに関するものなど、テーマ別にまとめられています。最良のコレクションですよ。私たちは毎月チェックしています。今では15,000ページにも膨らんでいます。

――直感的にいって、そのうちのどのくらいが英語重視型ですか。つまり、英語がわからないと理解できないものがどのくらいの割合を占めるのでしょうか。

ポール:80%は英語重視型ですね。でも、画像を使うと理解できるものもあります。たとえば、スウェーデンのストックホルムにとても奇妙な名前の博物館があります。TOM TITS EXPERIMENTっていうんですが。この博物館はエクスプロラトリアムのような展示をしています。ところがどの展示にも一言も言葉が使われていません。来館者が歩いていけば、言葉がまったくなくてもわかるように展示が作られているんです。

――それはユーザー・インターフェースがすばらしいということですね。

ポール:そうです。ですから、工夫次第で世界中の人が共有できるサイトを作ることはできると思います。

――そうですね、私たちも世界中にわが社のウェブサイトを紹介して、この子ども向けの科学のページを見てもらいたいと考えています。 たとえば、江戸時代のからくり人形を再現した「大江戸からくり人形」というおもちゃがあります。(人形を取り出して見せる。)これは学研が作っているんです。日本で一番有名な人形かもしれません。お茶を淹れてくれる人形です。液体を持ってあなたのほうに歩いてきて、あなたがカップを取ると・・・。

ポール:・・・帰っていく・・・。

――そう、向きを変えて帰っていくんです。

ポール:その仕組みが全部、この人形の中にあるんですね。電気モーターが発明される前に。

――ええ。モーターの代わりに鯨のひげが使われています。鯨のひげで作られたぜんまいです。それが300年も前に作られていたのです。

ポール:はじめて見ましたよ。

インタビューの様子

――私たちはたとえばこの人形の仕組みを紹介するページを世界に発信したいと思っているわけです。学研は、日本の企業の中で最も長い科学教育の歴史を持っています。戦後すぐから、全国津々浦々の学校に毎月科学的なおもちゃと雑誌を届けていました。アリの生態の観察セットとか、自分で組み立てるラジオとか。その事業から出発して、現在ではネット上での双方向的な出版に力をかけるようになっています。エクスプロラトリアムと同じです。ただ、どの国でも同じだと思いますが、教育的な組織は国内に限定される傾向があります。残念ながら、今のところ学研のウェブサイトはみんな国内向けです。でも、学研は新しい研究所を設立しました。これは新しい活動です。この研究所が試みようとしていることの1つが、エクスプロラトリアムのようなすぐれた組織との連携なんです。共同制作をし、アイディアやコンテンツを交換しあい、翻訳しあうことはできないか・・・と構想しているのです。そこで私は、まず最初に博士にお会いしたいと思いました。

ポール:ありがとうございます。光栄です。

 私は10年以上この仕事をしていますが、日本から発信される科学的な活動に非常に心を動かされています。そして、どうしてこんなにたくさんの科学の教師が日本に育っているのだろうと不思議に思っていました。今わかりましたよ。彼らは子どもの頃に学研の教材で科学を学んでいたんですね。それは本当にすばらしいですね。

『10万人もの人々がこのバーチャル世界を訪れているんですよ。』

――博士は最近新たな活動を始めていらっしゃるそうですね。

ポール:そうです。今、新しい博物館――複数プレーヤーによる大きなオンライン・ロールプレイングゲームの博物館作りに取り組んでいます。名前は「セカンドライフ」 というのですが、お聞きになったことがありますか。次世代バーチャル博物館です。

 たとえば、最初に話に出たように私は今、日食の説明に取り組んでいるんですが、日食について学ぶとき、本影(umbra)と半影(penumbra)について知ることが重要です。でも、これはわかりやすく示すのがとても困難です。以前にエクスプロラトリアムの展示で作ったことはあります。煙を充満させた大きな箱を用意して、大きな光源を置き、月と地球に当たるボールを持ってくると、煙の中に三次元の影を見ることができます。でも煙は有害ですから、そこに入って自分の目で見ることはできません。本影の中に入ることはできないのです。ところが、オンラインゲームならば本物の本影を持つ仮想のスモークボックスを作ることができます。その中には行って本影とは何か、半影とは何かを理解することができます。

 すでに10万人もの人々がこのバーチャル世界を訪れているんですよ。この10万人のうちの多くは英語を話しますが、日本やその他の国からもたくさん参加しています。ですから、私は言葉を使わずに展示を構成しようとしているんです。ただ、クリックできるカードのようなものは作ることになるでしょうね。それをクリックすると、たとえば物理学の理論の説明が出てくるような仕組みです。それは英語になるでしょう。でも、展示は言葉がなくても体験できます。

――スウェーデンのTOM TITS EXPERIMENTと同じコンセプトですね。

ポール:ええ。TOM TITSはハンズオン科学アクティビティの本を6冊発行しています。それはスウェーデン語で書かれているんですが、絵や写真を見ればすべて理解できます。とてもすばらしい斬新なアクティビティですよ。私もここから新たなことをたくさん学びました。

 もう1つ話をご紹介しましょう。Tom Titというのは18世紀にハンズオン科学実験の本を書いたフランスの著者の名前なんです。この本にはフランスの人々がディナーの後に行った何百ものアクティビティが載っています。当時はテレビがありませんでしたからね。人々は夕食後、家族でテーブルを囲んで科学のアクティビティをやったんですよ。スウェーデンの博物館はそのフランスの著者の名前にちなんで付けられたわけです。Tom Titは単純な素材を使うのが驚くほど上手でした。たとえば、ひもの輪を作って耳にかけ(スタッフの頭にひもをかけて・・・)、張力を変えることによって音楽を奏でました。単純で素敵な実験でしょう?

インタビューの様子

――学研でも「百円ショップで大実験」というページを作りました。本も出しています。百円ショップ、こちらの1ドルショップのようなものが日本中にあって、さまざまな小物を売っているんですが、このページでは、百円ショップで手に入る家庭用品やキッチン用品を使った簡単な科学実験を紹介しています。

ポール:そうですか。それはおもしろいですね。実は私も1ドルショップが大好きなんですよ。たとえばね、中国製のプラスチックのお皿を1枚用意して、底に砂糖のシロップを入れて、その上に水を入れて、一晩置いておきます。すると、砂糖のシロップが水に溶けてグラデーションができます。そこで片方の端にレーザー光を当てると、曲がるんですよ! 底に反射して、グラデーションの内部で・・・。こういうのが1ドルショップ実験でできますね。

――でも、レーザーはなかなか手に入らないでしょう?

ポール:そんなことありません。2ドルですよ!

――まさか!

ポール:たったの2ドルなんです。レーザーのほうが懐中電灯より安くなる日が来るなんて思ってもいませんでしたよ。でも、今ではそうなんです。ですからおもしろい実験になりますよ。

――でも、ただ「おもしろい」だけで終わりにしたくはありませんよね。

ポール:そうなんです。実験だけ示して科学を置き去りにしている人たちがたくさんいますが、それじゃだめなんです。私たちは解説に力を入れています。学研のページも、実験を示すだけではなくて、その背後にある理論を示しているところがとてもいいと思います。それが本当に重要なことなのです。

――話し込んでいるうちにすっかり時間がたってしまいました。科学好き・冒険好きの博士とお話ができて大変光栄でした。今後もさまざまな形で「エクスプロラトリアム」や博士とコラボレーションを行っていきたいと考えています。今日はありがとうございました。