TOP > コラム > 生徒ファーストで社会に開かれた中学・高校の「実学」改革へ~ 塩川達大

塩川達大

第1回・実学ノススメ

今年度は高等学校における新しい学習指導要領が導入されている初年度になります。それに先駆けて一昨年1月に文部科学大臣の諮問機関である中央教育審議会は「令和の日本型学校教育」の構築を目指して「全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと,協働的な学びの実現」という答申をまとめ、高等学校を含めた各学校段階での目指す学びの在り方を提唱しております。
そのエッセンスとしては、①今後は「急激に変化」「予測困難」「社会の在り方が劇的に変化」する、狩猟、農耕、工業、情報時代の後の、サイバー空間とフィジカル空間を⾼度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両⽴する⼈間中⼼の社会=「Society5.0時代」であり、そうした時代を迎えるには、②一人ひとりの児童生徒が,自分のよさや可能性を認識するとともに,あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となる学びの実現が重要、というものです。
②はいつの時代も不変・不易なものと捉えられます。従いまして、教育に関わる全ての大人(すべての日本人、全世界の人々と飛躍しても良いかもしれません)が留意すべきことは、①に掲げる、今後の時代の特質です。また、こうした時代を表す言葉としてはVUCAという言葉が最近人口に膾炙されております。VUCAはVolatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguityの頭文字ですので、要すれば、大人が生きてきた変動しない、予測可能性が高い時代の延長・直線と全く異なる、変化が急で激しい社会時代ということになります。

学校教育、特に小中高等学校の初等中等教育ではよく学校の先生方も不易と流行が大事とおっしゃいます。その通りですが、その上で、こうした流行の傾きが急になり、加速していく社会の変化をどう考えるか、その点が未来を生きる子供たちにとっての初等中等教育がどうあるべきか、それを大人が考える要注意ポイントだと思っております。
一つ事例として、我が国における情報通信メディアの世帯普及率10%達成までの所要年数を見てみますと、電話76年→ファックス19年→携帯電話15年→パソコン13年→スマホ3年とのデータがあります。この数字からも想像できますように、我々大人が生きてきた過去から、現在、そして将来への変化のスピードは直線的ではありません。今の高校生が社会で活躍する時代を、我々大人が過去の情報の延長で予測すると、指数関数的に変化する今後の社会の実態からは大きく乖離してしまいます。 大人はともすると、過去に自分たちが経験してきた時代の知見が十分将来にも生きると無自覚に認識して、子供たちの学びを考える傾向があると思いますが、その負のリスクは大きくなっているのかもしれません。言い換えると、過去を生きてきた自分たちの知見に対して建設的批判的な立場からの視座を持ったうえで、そうした過去の知見を未来への知恵に変換して、子供の学びの質の向上に当たっていく姿勢こそが我々大人には期待されているのだと思います。

さて、その上での初等中等教育であるべき姿について、特に高等学校、あるいは中学校ぐらいのティーンエイジの子供の教育を念頭に、いくつかの考察を紹介したいと思います。OECDは「将来への準備ができている生徒になるためには、幅広い知識とスキル、態度が必要であり、変革を起こす力のあるコンピテンシーを育成すること」が必要であり、「学習者は、学習経験を実世界に関連付けて捉えられるよう」にすべきであり(真正性:authenticity)、そのためにも「カリキュラムは状況に応じて変わりうる動的なものに変わっていくべき」と謳っています(OECD、2018、The Future of Education and Skills)。義務教育、高等学校で学ぶ知識技能の習得は極めて重要ですが、その上で、これら知識技能を社会で生かしていく学びとしてauthentic learningが期待されていると考えられます。
このauthentic learningという言葉、上智大学の奈須先生の言葉を借用すれば、「学びは常に具体的な文脈や状況の中で生じている。…人間の学習や知性の発揮は本来的に領域固有、文脈や状況に強く依存する…どのような状況で学ぶかが学び取られた知識の質を大きく左右するのであり、すると授業づくりのポイントは文脈づくり」「先々出合う本物の問題状況に可能な限り近づけた文脈で授業をデザインすれば、学ばれた知識も本物となり、現実の問題解決に生きて働く、つまり自在に転移する。これがオーセンティックな(authentic:真正の)学習の原理」である。」ということです。
こうした学びの実現に向けては従来のトークアンドチョークから脱却し、子供が学校教育の後に出ていく社会の多様性を踏まえた「リアルな」教育こそが求められると思います。そしてこういうことを言いますと何か従来の学校教育からの大きな転換のように見えますが、むしろ我が国の学校教育の原点回帰といえるかもしれません。
福澤諭吉は「実なき学問はまず次にし、もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。譬えば、…手紙の文言、帳合いの仕方、算盤の稽古、天秤の取扱い等」と述べております。(福澤諭吉「学問ノススメ」(1872(明治5)年)、“福澤がいう実学はすぐに役立つ学問ではなく、「科学(サイエンス)」を指します。実証的に真理を解明し問題を解決していく科学的な姿勢が、義塾伝統の「実学の精神」です”。 このように、実学こそが普遍的な学びであり、VUCA時代に合った実学を進めること、その大事さが、国の中央教育審議会の考え方であり、OECDの考え方であり、過去を振り返っても明治の時代から一貫したこと、そう言ってよいのではないでしょうか。

以上のまとめとして、令和時代の学校教育として、子供も大人の皆様も改めて「実学ノススメ」をお願いする次第です。「実なき学問はまず次」、すなわちリアルの徹底を期待しております。真の探求的な学びとして、子供が具体の地域課題解決に日常に近い文脈でどのように寄与できるのかこそが重要です。グローバルな学びの時にも現実的な課題解決としてどうできるのか、子供・生徒はそれに何が貢献できるのか、あるいは貢献するためには何が足りないのか、そうしたことをカリキュラム策定段階から考慮するとより子供ファーストで素敵なカリキュラムにつながるのではないでしょうか。
生徒が真に社会課題の解決に資する自己有用と社会受容を両立できる学び=実学の推進を、新学習指導要領元年の今年度を一つの契機として、より高い次元で進める。そうした実学の推進により、子供たちがそれぞれの人生百年時代の航海に耐えうる羅針盤の堅牢な基礎作りを完成する学びの充実が進むこと、これが令和時代の教育の方向性ではないでしょうか。

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塩川達大(しおかわ たつひろ)
高橋 良祐

京都大学経済学部卒業、ロンドン大学ユニバーシティカレッジロンドン修士(公共政策)

1996年文部省(当時)入省、文部科学省、岐阜県教育委員会、内閣官房(地方創生担当)等の勤務を経て、2017年スポーツ庁学校体育室長(部活動改革担当)、2019年初等中等教育局参事官(高等学校担当)、2021年高等教育局専門教育課長

2023年7月より現在、国立大学法人金沢大学理事・副学長