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小学生白書Web版 2011年6月調査>分析編>

第2章 学年別にみた東日本大震災時の下校の実態

角替弘規(桐蔭横浜大学准教授)

6.下校方法や学校の対応についての意見

これまで見てきたとおり、集団下校にしても引き渡しにしても様々な課題が見受けられる。「想定外」という言葉がよく使われるように、この度の震災は想定外の事柄が多く、どの下校方法をとったとしてもいくらかの問題が生じる可能性はあったといえるだろう。しかしながら、今回のような規模と同程度あるいはさらにそれを上回る規模の震災が起こりうるとされる中にあって、今回得られた教訓に基づいて今後の対策を検討することは意義深いものではないだろうか。そうした観点から、今回の児童の下校方法と学校の対応について、保護者達がどのような評価を下しているかをまとめ、簡単な総括としてみたい。

表2-13に示したのは、今回の震災時にとられた下校方法とは別の下校方法がよかったとする保護者がどの程度いたかを示すものである。

表2-13 東日本大震災(3月11日)の時の下校方法とは別の方法で下校する方が良かったと思いますかに対する回答(「そう思う」の%、全体・3月11日の下校方法別)

  N そう思う
全体 927 35.9
集団下校 374 48.2
引き渡し 403 21.1
単独下校 101 48.7
その他 49 38.7

※「そう思う」は「とてもそう思う」と「まあそう思う」の合計

全体としてはおよそ35%の保護者が「別の下校方法がよかった」と考えていることが分かる。では、どの下校方法に対して「別の方法がいい」と考えられているのだろうか。同じく表2-13において下校方法別の結果を示している。これによると「集団下校」と「単独下校」だった保護者の約5割が別の方法が良いと回答している。一方で「引き渡し」だった保護者で「別の方法が良かった」と答えているのは約2割にとどまっていた。

集団下校にせよ、単独下校にせよ、子どもたちだけで下校させるということ、あるいは保護者の目から離れるということに対する不安感があるのではないかと考えられる。集団下校(集団登校も含めて)は日常的に行われている登下校方法であると考えられるが、震災時という非常時において、普段と同様な下校方法をとることが適切かどうか、保護者の立場からはその再検討を求めたいというところであろう。

では、集団下校の方法の是非はともかくとして、それぞれの下校において学校側の対応はどのように評価されているのだろうか。

その結果を表2-14および表2-15にまとめた。全体としてはおよそ8割の保護者が「適切だった」と評価している。学年別にみてみると、低学年よりも高学年の子どもの保護者の方が「適切だった」と回答している割合が高くなっている。また、女性保護者よりも男性保護者の方が「適切だった」としており、震災時に大人が在宅していなかった家庭よりも、在宅していた家庭の方が「適切だった」と回答していることが分かる(表2-14)。

表2-14 東日本大震災(3月11日)の日の下校に関して、先生や学校の対応は適切でしたかに対する回答(「適切だった」の%、全体・学年別・大人の在宅別・保護者の性別)

  N 適切だった
全体 927 80.4
低学年 309 78.6
中学年 309 80.3
高学年 309 82.2
男性保護者 442 87.3
女性保護者 485 74.1
震災時大人在宅 568 83.1
震災時大人不在 359 77.4

※「適切だった」は「とても適切だった」と「まあ適切だった」の合計

下校方法別にも見てみよう(表2-15)。「適切だった」と評価する保護者が最も多かったのは「引き渡し」による下校を行った学校の保護者だった。その次は「集団下校」で約75%、その次が「単独下校」で約7割弱という結果だった。「適切だった」かどうかという評価も下校方法そのものによって左右されていることを示している。

表2-15 東日本大震災(3月11日)の日の下校に関して、先生や学校の対応は適切でしたかに対する回答(「適切だった」の%、下校方法別)

  N 適切だった
集団下校 374 76.3
引き渡し 403 88.9
単独下校 101 68.3
その他 49 66.3

※「適切だった」は「とても適切だった」と「まあ適切だった」の合計

全体としては良好な評価が得られていると考えてよいと思うが、これらの結果の裏を返すと、低学年の子どもに対しては適切性が低く、母親の観点からすれば改善の余地があり、同様に大人がいない家庭に対する対応にも再検討が必要であるということであろう。個々の家庭の事情にどこまで配慮するかということは学校側の事情にもよるところが大きく、限界もあろう。しかし、男性保護者よりも女性保護者からの評価が低いということ、大人が在宅していた家庭よりも在宅していなかった家庭からの方が評価が低かったということについてはもっと重く受け止める必要があるのではないだろうか。このことは、すなわち、現在の学校教育における様々な施策の前提が男性の視点から、そして大人が在宅していることを前提として策定されているのではないかという疑念を引き起こすからである。