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元教育長の子育て歳時記

第20回・秋冬「子ども自ら個性と能力を伸ばせる教育環境」を社会全体で本気になって整えたい -子ども達に身に付けてほしい資質・能力の「三つの柱」について考える-」学研教育総合研究所 客員研究員 高橋良祐

季節は人の営みに関わりなく確実に春から夏へ、そして木々の葉が美しく染まる秋から冬に向かって進んでいる。山々が赤や黄など色鮮やかに染まる様はいつ見ても心が落ち着き、寒さが厳しくなる冬に備えるエネルギーを蓄えられるように感じます。
このような自然の摂理とは異なり、人間界は先行不透明な時代のただ中にあることを実感しています。先行きが見えにくいほど不安なことはありません。昨年から世界中を混乱させ不安にさせている新型コロナウイルスは、日本では感染者の減少傾向を示していますが、世界の状況を見れば終息の兆しも見せず、その対策は困難を極めています。

このような状況の中、この夏、さまざまな意見が交錯する中で無観客ではありましたが東京オリンピック・パラリンピックが開催されました。夏のコラムで、私は「オリンピック、パラリンピックでの選手の姿は、子ども達にとって心揺さぶられる貴重な場になると思っています。」と述べました。そして、「長引くコロナ禍の影響で、かなりのストレスを溜め込んでいる可能性がある子ども達には、世界中のアスリートが放つエネルギーや輝きを全身で感じて応援してほしい。そして選手の競技や演技する姿から夢や感動を全身で味わってほしい」とも記しました。

本当に多くの場面でオリンピアン・パラリンピアンから感動を頂きました。その一つが、足でボールを高く上げ、口にくわえたラケットでサーブを打ち、相手のボールを鋭く打ち返すエジプトの卓球選手ハマドトゥさんの「不可能なことは何もないということを証明したい。できないことはないと世界中の人に知ってほしい。」との言葉は、私の胸に力強く刻まれました。人間の無限の可能性を信じさせてくれた事実と言葉だったからです。

更に、参加した全ての日本のオリンピアン・パラリンピアンが4年に一度の大会の開催に関して、様々な意見がありながらも、大声援を送ってくれた国民に対して「感謝」の言葉を真っ先にインタビューで応えていた姿は私の心に深くしみました。なぜなら、選手の皆さんは人生をかけて最高のパフォーマンスを発揮するために数年もの間、一般人には想像も出来ないほどの激しく厳しいトレーニングを課し、地道な努力を続けてこられた方であるにもかかわらず、先ず発せられた言葉が達成への喜びより「国民への感謝」だったからです。選手からは超一流の各競技の魅力と技術だけでなく、豊かで深みのある人間性を感じた方は多かったのではないでしょうか。

私は、東京オリンピック・パラリンピックから、学習指導要領で示されている三つの育成すべき資質・能力の一つである『学びに向かう力、人間性』について改めて学んだように感じました。この資質・能力は、最近よく言われている「非認知能力」との関連が強く意識されたものと言えます。「認知能力」や「非認知能力」については様々な文献や資料のなかで多様な表現で扱われていますが、例えば「認知能力」は測定可能な能力である「知能指数」や「偏差値」などと表現され、「非認知能力」は測定できない個人の特性に関わる能力として「意欲」「協調性」「粘り強さ」「忍耐力」「計画性」「自制心」「創造性」「コミュニケーション能力」などと表現されています。別の言い方をすれば、個人が身に付けた「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」を何のために・どのように活用し、世の中や人々の平和や幸せに資するのかという個人の行動を決定する価値観や個人の能力・感性だと表現することも出来ると思います。

しかしこれらの「認知能力」「非認知能力」の表現は今ひとつ漠然としているように思います。批判を恐れず全く別の表現をすれば、「認知能力」は自動車のエンジン(排気量や馬力)であり、「非認知能力」は自動車を安全に快適に運転するための制御する力だと言うことが出来ないでしょうか。人間を自動車に例えると、エンジン(認知能力)は年々成長し大きくなりますが、制御する力(非認知能力)が身に付かなければ自動車は危険極まりない(人生を豊に幸せに全うできない)道を進むことになりかねません。自らを制御する力とは、自動車で言えば、前後左右の安全確認、アクセルとブレーキ、ハンドル操作など(自己省察力、自己調整力、自己教育力、豊かな人間性)であり、それらを身につけるためには多様な道(体験や学び)を十分な時間を使いながら粘り強く進むしかないと思います。

2021年、その道を確かに歩み、『学びに向かう力、人間性(非認知能力)』を確かに獲得している日本の若者がいます。一人は、今年大リーグで投打の二刀流として大活躍しアメリカンリーグのMVPを満票で獲得した大谷翔平選手です。彼は誰も達成したことのない偉業を成し遂げ、投手としても打者としても超一流の野球選手として歩んでいます。また、常に高い目標を掲げ目標を達成するために地道な努力を続け、加えて日常での人としての振る舞いも重要だとの思いを持って「グランド内外のゴミ拾いも日課として」日々生活しているそうです。自己省察と自己調整、自己教育力と豊かな人間性などを身につけた、まさしく人として一流だとの評価を多方面から得ています。
もう一人は将棋棋士の藤井聡太竜王(史上最年少の19歳で四冠王、竜王、王位、叡王、棋聖)です。藤井竜王は史上最年少(14歳)で棋士になり、ずば抜けた成績はもとより目先の勝ち負けより将棋の本質を常に追求する姿勢と高い集中力がプロ棋士からも評価されています。逸話として「将棋の神様に一つだけお願いすることが出来たら何をお願いしますか」との問いに対し「神様もっと強くしてください」と答えるのかと思いきや『神様に一局指して(相手をして)頂きたい』と答えたという。AIを活用しながら、常に独創的な一手を繰り出しスリリングな将棋を指す反面、礼儀正しく丁寧な受け答えについ応援したくなる人柄です。

今「個別最適化」を目指した教育が始まりました。教育の目的は一人一人の人生が豊で幸せなものになるように願って行う極めて人間の崇高な活動だと思います。子どもを共感的に観察しつつサポートに徹し、子ども達の『学びに向かう力、人間性』をはぐくむことができる教育の在り方について今後も考えていきたいと思います。

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高橋 良祐(たかはし りょうすけ) 1953年栃木県生まれ 学研特別顧問、学研教育総合研究所客員研究員
高橋 良祐

東京学芸大学教育学部数学科卒業後、小学校教諭に。東村山市立秋津東小学校、世田谷区立東大原小学校を経て、町田市立鶴川第三小学校の教頭に。その後、中央区教育委員会・指導主事、港区教育委員会・指導室長、東村山市立化成小学校校長職を経て、港区教育委員会の教育長に就任。教職経験を生かし、ICTや英語教育、国際学級など、教育改革に取り組む。2012年10月に退職。

2013年4月から、学研ホールディングスの特別顧問、学研教育総合研究所の客員研究員に就任。豊富な経験から適切なアドバイスなどを発信している。

おもな著書(共著):
「新しい授業算数Q&A」(日本書籍)
「個人差に応じる算数指導」(東洋館出版)

写真撮影:清水紘子 (イメージ写真を除く)

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