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元教育長の子育て歳時記

第22回・秋冬「思慮深い市民」とは どのように諸課題に関与する能力を身に付けているのか 高橋良祐

標記の「思慮深い市民」とはOECD(経済協力開発機構)が国際的な学習到達度に関する調査、いわゆるPISA(Programme for International Student Assessment : ピザ)と呼ばれている調査項目3分野(数学的リテラシー、科学的リテラシー、読解リテラシー)の内、数学的リテラシー、科学的リテラシーの定義に使われているフレーズです。
PISA 調査の目的は、義務教育終了段階の 15 歳 の生徒が、それまでに身に付けてきた知識や技能を、実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかを測ることにあります。

ここで参考までに上記の3分野の定義を記しておきたいと思います。(国立教育政策研究所HPから)

◎数学的リテラシーの定義

様々な文脈の中で数学的に定式化し、数学を活用し、解釈する個人の能力。それには、数学的に推論することや、数学的な概念・手順・事実・ツールを使って事象を記述し、説明し、予測すること を含む。この能力は、個人が現実世界において数学が果たす役割を認識したり、建設的で積極的、 思慮深い市民に求められる、十分な根拠に基づく判断や意思決定をしたりする助けとなるもの。

◎科学的リテラシーの定義

思慮深い市民として、科学的な考えを持ち、科学に関連する諸問題に関与する能力。なお、科学的 リテラシーを身に付けた人は、科学やテクノロジーに関する筋の通った議論に自ら進んで携わり、 それには科学的能力(コンピテンシー)として、「現象を科学的に説明する」「科学的探究を評価して計画する」「データと証拠を科学的に解釈する」を必要とする。

◎読解リテラシー

自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、社会に参加するために、テキストを理解し、利用し、評価し、熟考し、これに取り組むこと。 

なぜこのような定義の一部分を標題にしたのか理由を簡単に述べたいと思います。 現在もなお新型コロナウイルスの課題は解決しておらず、子どもたちが成人するころには、現状より更に地球温暖化が進み気候変動の課題や人口問題、貧困の拡大、衛生・健康問題などなど地球的課題は多岐にわたるでしょう。まさしく予測困難な時代に突入しているのではないでしょうか。これらの困難な課題を解決していくためには、世界中の子どもたち一人ひとりが充実した教育を受け、それぞれの課題に一人ひとりが積極的に関わり、課題解決に向けて多様性に富んだ論議を尽くし、よりよい社会の実現に向けて自らの資質能力を存分に発揮していくことが必要だと思います。

つまり冒頭に記した「思慮深い市民」とは、受け身ではなく、一人ひとりが自らの可能性を十分に発揮し、持続可能な社会の担い手として様々な事象を科学的に探究し、世界の環境や事象を理解・評価し、問題解決のために計画・実行できる能力や、現実社会(実生活)の中で数学の考え方を活用し様々な数理的な判断や根拠に基づき意思決定できる力を基盤として、課題解決・目標達成のために様々な資料や情報を利用・評価・熟考し、課題解決・目標達成に取り組める市民と理解することができます。

これらの能力を有する市民を育成するためにはどのような教育を行う必要があるのでしょうか。前回のコラムで「誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質能力が一層確実に育成できる教育環境」を実現することの重要性を述べましたが、その環境の中で具体的な学習について考えたいと思います。

現在各学校では総合的な学習や教科横断的なカリキュラムでの学習などを中心に「探究的な見方・考え方を働かせる」学習に取り組んでいます。その学習内容は多岐にわたりますが、探究的な学習とは「物事の本質を探って見極めようとする一連の知的営みのことである。」と学習指導要領では示しています。「物事の本質を探って見極める」とは、先ほど述べた数学的リテラシー、科学的リテラシー、読解リテラシーの中で示されている「思慮深い市民」の姿に通じるのではないでしょうか。

「思慮深い市民」を育成するために重要なことは、教科内容の習得を基盤とした能力を日常生活や社会の課題解決のために生かすことではないでしょうか。常に学習内容と日常生活での疑問や興味関心事を結びつけることを習慣化することも大切で、これは学校だけでなく家庭で取り組むことでより効果が上がることと思います。お子さんの学習の進捗状況や学校で学習している内容と、地球環境や世界の様々な状況、日常生活などを話題にして子どもたちと話し合ってみることも意義のあることと思います。子どもたちが抱いた疑問や興味を持てた内容について、家族それぞれが調べ意見などを出し合い考えてみることも子どもたちの積極的で主体的な学習のよい機会となると思います。

その際、保護者や年長者が考え方や条件などを与えすぎないことが大切で、結果や結論などを示してしまうことは最も避けたいところです。子どもなりに課題を見つけたり、情報を集めたり、整理・分析したりすることの経験が重要です。
また、考えを進め、まとめていく中で、新たな疑問や興味が出てくることも多いはずです。そのことこそ思慮深い市民として積極的・主体的に社会のより良き改善のために自らの能力を発揮する資質能力の芽生えなのではないでしょうか。

この2年間テレビニュースや新聞などで新型コロナにかかわる情報を毎日得ていますが、感染状況の数値や棒グラフ・折れ線グラフなどの情報をただ受け止めるだけでよいのだろうかと、強く感じています。より多くの人々が新型コロナを様々な方向性を持って分析しようとする姿勢が必要なのではないかと思います。ただ専門家の意見をテレビや新聞の情報で得るだけでは自分の行動を自分でコントロールできているとは言い難いでしょう。 

思慮深い市民であれば、それぞれの事象に対して科学的根拠を自ら調べ、自分なりに解釈し、示された統計資料を評価分析して新たな資料を作成した上で自らの行動を自らの責任において律していくことが可能であると思います。
科学者ばりに論文のような資料を作るというのではありません。自分が自分の責任において自らの行動を決定するためには、自分自身で様々な状況や資料を取捨選択し、そのうえで思考し判断することが必要だと思うのです。この「自分の責任において」ということが大変重要で「人に言われたから」「世間の目があるから」「みんながやっているから」などで自らの行動を決めないことが肝心です。

いつも言っていることですが、正解が一つではない変化の激しい時代を生きる子どもたちには、直面している困難な状況にあっても、常に希望をもって主体的にそして前向きに取り組む姿勢や、今持っている知識や経験を活用し、臨機応変に対応していく力が必要です。子どもの自己教育力を信じ、子どもの個性と創造性、興味関心を尊重し、子どもの主体性を最大限伸ばすために、子どもの教育環境を家庭でも見直していくことが大切です。

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高橋 良祐(たかはし りょうすけ) 1953年栃木県生まれ 学研特別顧問、学研教育総合研究所客員研究員
高橋 良祐

東京学芸大学教育学部数学科卒業後、小学校教諭に。東村山市立秋津東小学校、世田谷区立東大原小学校を経て、町田市立鶴川第三小学校の教頭に。その後、中央区教育委員会・指導主事、港区教育委員会・指導室長、東村山市立化成小学校校長職を経て、港区教育委員会の教育長に就任。教職経験を生かし、ICTや英語教育、国際学級など、教育改革に取り組む。2012年10月に退職。

2013年4月から、学研ホールディングスの特別顧問、学研教育総合研究所の客員研究員に就任。豊富な経験から適切なアドバイスなどを発信している。

おもな著書(共著):
「新しい授業算数Q&A」(日本書籍)
「個人差に応じる算数指導」(東洋館出版)

写真撮影:清水紘子 (イメージ写真を除く)

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