TOP > コラム > 元教育長の子育て歳時記~第24回・冬 「天才から学ぶべきことは」 高橋良祐

元教育長の子育て歳時記

第24回・冬 「天才から学ぶべきことは」 高橋良祐

今年も師走を迎えました。今年一年を振り返っても様々な出来事がありました。世の中もあわただしく、また不安定な状況が世界中で起こっていますが、 新しい年が世界中の子どもたちにとって希望の持てる一年になることを心から願っています。自分自身でできることは何かを考え一日一日を大切に歩まなければと思いを新たにしています。

さて、標記の題名について考えを述べたいと思います。
今年の天才の話題と言えば藤井聡太さんが将棋の全てのタイトル竜王・名人・王位・王座・棋王・叡王・王将・棋聖を奪取したことが挙げられます。ご存じの方も多いとは思いますが藤井聡太さんは史上最年少の14歳でプロ棋士になり、プロデビューから29連勝という連勝記録の達成や17歳で棋聖のタイトルを獲得するなど数々の将棋界の最年少記録を達成し続けています。
私が藤井竜王・名人を心からすごい人物だと感じるのは数々のタイトルを奪取したことや八割三分を超える勝率の高さが示している抜群の将棋の強さばかりではありません。最も強く心惹かれるのは藤井さんの発する言葉には深い意味を私なりに感じるからです。藤井さんは将棋のタイトルを取ることや勝利することよりも「もっと強くなりたい」「もっと将棋を深く理解したい」「将棋の真理に近づきたい」との思いを強く持っておられるのではと思っています。
よくタイトルを取った後のインタビューで「現状の実力を富士山の登山に例えると何合目あたりですか」と聞かれると藤井さんは「森林限界の手前でまだまだ上のほうには行けていない」などと答えており、また別のインタビューで「将棋の神様にお願い事ができるとしたら何をお願いしますか」との問いには「将棋の神様に一局お手合わせ願いたい」と答えていらっしゃいました。凡人の私なら「神様私をもっと強くしてください」とお願いするところだと思うのですが、藤井さんはあくまで将棋の真理を極めたいという強い志なのだと思います。つくづくすごい方が現れたものだと思います。
また、現代のプロの将棋界ではAIを活用して深く将棋を研究しており、勝負の世界では研究の深さが勝敗の分かれ目だとも言われています。
この点でも藤井さんは「AIを活用して研究を深めるが、AIの示した手を鵜呑みにはしていない」と言います。自分でも何時間でも深く考え納得できなければその手は指さない、なぜならAIも万能ではないからだと考えているのだと思います。AIの活用方法にも私は学ぶべきことが多いと思っています。まだ藤井竜王・名人は弱冠21歳です。

次に紹介したい天才はバイオリニストの吉村妃鞠(よしむらひまり)さん。2011年生まれの12歳。私が吉村妃鞠さんを知り得たのはYouTubeの動画がきっかけでした。妃鞠さんが8歳のころ、ヨーロッパで行われた名高いコンクールの動画でしたが、そこで私の心は鷲掴みされました。8歳のまだまだ幼子だと思える女子から奏でられるバイオリンの精密なテンポと響きは正に天才・神童の演奏と思えました。
素人の私でさえ、妃鞠さんのバイオリンから発せられる音の入りのシャープさと繊細さには鳥肌が立ち、超速の指の動きと弓の動きは成熟したバイオリニストそのものだと感じました。その審査を担当されていた著名な方々もそのバイオリンの音色とリズムにうっとりとされ「満点以上の点数があれば出しただろう」などと絶賛の講評をされていました。 また、コンクールの優勝インタビューなどで「どのくらい練習しているのか」と問われ「毎日5時間練習した後に先生と一緒に練習します。」「できなければ100回でも1000回でも練習します。」と答えていました。もちろん妃鞠さんには天才的な音楽の能力が備わっていると思いますが、それ以上に努力されていることがよくわかるインタビューでした。努力できるのも才能の一つであるのは確かなことだと思いますが、努力できるのはバイオリンを演奏することが大好きだからだと思います。そして、妃鞠さんの弛まぬ努力を温かく高い目標に向かって励まし、支え、指導していただける環境があるからだと強く感じます。妃鞠さんは現在史上最年少でアメリカの超難関音楽大学(合格率約4%)カーチス音楽院に合格し日々真摯に学んでいるようです。
今後の妃鞠さんの成長と活躍が本当に楽しみで仕方ありません。私の来年の目標の一つは妃鞠さんの生の演奏を聴きに行くことです。どんな感動が待っているのか今から楽しみです。

もう一人の天才は皆さんご承知の大谷翔平選手。大谷選手は長い大リーグの歴史の中でも誰も成し遂げたことのない成績を投打で示している唯一無二の存在ですが、加えてその誠実な人柄や行動から誰もが好感をもって温かく心から応援したくなる選手だなと思っています。
彼の戦績などは言うまでもありませんが特筆すべき点は、自分がなりたい野球選手として誰も目標とせず、自分自身を高めることに特化して少年時代から努力を重ね成長し続けたことにあると思います。その手法としては最終の目標を設定し、その目標を達成するために必要となる下位の目標を複数設定するいわゆるマンダラチャートを活用して努力を続けてとこられたようです。
努力を続けることの大切さは誰でもわかっていることですが、しかしなかなか努力し続けることは難しいことです。大谷翔平さんの目標設定の内容も素晴らしいのですが、最も私が尊敬していることは目標達成のための努力を日々怠らず続けられていることにあります。
大谷選手は野球が大好きだと公言しています。もっと野球が上手くなりたいもっと遠くに球を飛ばしたい、もっと速い球を投げたいと言っておられます。だからこそ日々の練習や行動に細心の注意をはらいながら野球の神髄に近づきたいと努力を重ねておられるのだと思います。

天才とは何者か、そして天才から学ぶことはできるのか。この問いに正しく答えられるすべを持ち合わせてはいないのですが、私は「天才とは好きなことにとことん打ち込み努力し続けられる人」ではないかと思っています。コラムに挙げた三人の方々もそのことを全力で行っている若者ばかりです。
誰しも他の人とは異なる才能・個性を持っています。その才能・個性を伸ばすためには一人一人に合った「一人ひとり異なった大好きを伸ばせる」環境がもっとも必要なのではないでしょうか。
私たちは「この子はどんな才能や個性を持っているのか」と見るとき、自分の過去の経験則や常識、価値基準で判断しようとしがちです。子どもに接する大人として、自分の常識を疑い、自分の価値基準をアップデートしていくことは不可欠ではないかと思います。例えるなら、自分のストライクゾーンを広げていくイメージです。その際、重要な視点はダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包摂)の方向性をしっかり心得ておくことだと感じています。
子どもを形作っている才能・個性は実にさまざまです。その子の得意・不得意、好きなこと・あまり好きではないことなどをフラットに見て、「最後までやり抜いたね」「自分でできたね」と言葉にして褒めて、認めて、励ましていく。同じ人間同士として向き合い、一人一人の才能・能力を高め伸ばしていく関わりがとても重要だと思います。

個性が違うから面白く、違う者同士が響き合うからこそ、新しいアイデアが創造され同時に感動が生ずるのではないかと思います。
人は「励まされ」「認められ」「褒められる」ことでより自信をもって正しく努力し行動し続けるようになるのだと思います。普遍的な価値観と変化している価値観の中で子どもたちが主体的に「好きなこと」を見つけ「努力」を楽しみ「自分の目標」に向かって「自分だけの才能・個性」を伸ばせるように、優しい目線と温かな心で接する社会でありたいと心から思います。

▲このページのトップに戻る

高橋 良祐(たかはし りょうすけ) 1953年栃木県生まれ 学研特別顧問、学研教育総合研究所客員研究員
高橋 良祐

東京学芸大学教育学部数学科卒業後、小学校教諭に。東村山市立秋津東小学校、世田谷区立東大原小学校を経て、町田市立鶴川第三小学校の教頭に。その後、中央区教育委員会・指導主事、港区教育委員会・指導室長、東村山市立化成小学校校長職を経て、港区教育委員会の教育長に就任。教職経験を生かし、ICTや英語教育、国際学級など、教育改革に取り組む。2012年10月に退職。

2013年4月から、学研ホールディングスの特別顧問、学研教育総合研究所の客員研究員に就任。豊富な経験から適切なアドバイスなどを発信している。

おもな著書(共著):
「新しい授業算数Q&A」(日本書籍)
「個人差に応じる算数指導」(東洋館出版)

写真撮影:清水紘子 (イメージ写真を除く)

コラム