T.H.

右:(株)学研ホールディングス グローバル戦略室 東南アジア事業チーム

H.S

左:(株)学研ホールディングス グローバル戦略室 東南アジア事業チーム

学研グループは2030年までに「全社の売上のなかで、グローバルでの売上をシェア30%達成する」を目標としたグローバル事業をスタートさせました。グループ全50社の枠を超えた大規模事業、その足掛かりとなるのはベトナムです。強固な顧客とのネットワークを持つ現地企業2社と資本業務提携を結び、学習系コンテンツの輸出を軸とした本格的な現地営業が始まっています。担当者の二人にグローバル事業の現状について話を聞きました。

学研グループ全体の、グローバル関連の売上成長率のグラフ。
年々伸びてきている。
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学研グループ全体の、グローバル関連の売上成長率のグラフ。
年々伸びてきている。

ベトナム市場を足掛かりに世界へ

今回、グローバル事業の第一歩としてベトナムへ進出しましたが、なぜベトナムなのでしょう?

進出先をベトナムにした決め手は、第一に市場性の高さが挙げられます。ベトナムは、実質GDP成長率がコロナ禍の期間を除き6~8%と東南アジアの中でもトップクラスです。人口も増え続けており、つい最近1億人を突破しました。14歳以下の若年人口の割合が20%強と非常に高いレベルにあります。教育熱も高く、子どもの教育における幼稚園や学校の役割が大きい点が特徴です。

学研のグローバル戦略は、中国や中東地域も含みます。我々が担当する東南アジア地域では、市場のニーズと学研の教育コンテンツとの親和性、融合性を考えると、まずはベトナムが優位だと判断をしました。ベトナムは親日国でもあり、日本への信頼度が高いです。また、日本からの近さも考慮しました。

ベトナムの資本提携先法人2社について教えてください。

提携順にKiddiHub Education Technology Joint Stock Company(以下、KiddiHub社)とDTP Education Solutions(以下、DTP社)ですね。まずKiddiHub社は、ベトナム最大級の園・習い事口コミサイト、教育情報サイトを運営するスタートアップ企業です。約1万の幼稚園や教育機関等が掲載されています。このようにしっかりとした顧客とのネットワークをすでに持っていることが提携の決め手になりました。反面、コンテンツバリエーションが課題となっています。
一方DTP社は、教科書出版を軸にした企業で、1万件の教育機関を顧客としており、エンドユーザーは300万人以上にのぼります。しかし、教科書の事業だけでは今後成長しにくい状況にありました。この2社へ学研の強みである豊富な学習系コンテンツを提供することで、両社は課題を解決できます。私たち学研も現地でリスクの高い新規開拓営業を回避して、より多くの顧客へ短期間でアプローチできます。K12(幼稚園の年長から高校卒業までの13年の教育期間を指す)とベトナム教育市場のバラエティの豊かさを考えたときにKiddiHub社は幼児、それ以上をDTP社とすみ分けをしてタッグを組むのが、ベトナムの事業展開には最善の戦略だと考えました。

学研のコンテンツは幼児から小中高校、大学、ひいては一般向けまで数多くあります。進出する市場の検討に先だって学研グループの事業をすべて洗い出したところ、100を超える数でした。その中からグローバルで戦う武器として軸としたのがSTEAM教育※です。しかし、ベトナムと日本ではカリキュラムの進め方が異なります。そこでまずは「数の概念」のように国が違っても普遍性のあるカリキュラム、それを学ぶ幼児教育の領域から「Gakken」という名前と教育コンテンツの強さを認知してもらうのが第一と考え、KiddiHub社を軸とした市場展開を開始したのです。

※科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、芸術・リベラルアーツ(Arts)、数学(Mathematics)の5領域を中心とした教育のこと。

事業展開イメージ。Gakkenのみならず、All Japanの教育コンテンツを、
顧客基盤に強みを持つ現地提携会社に供給し、事業展開していく。
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事業展開イメージ。Gakkenのみならず、All Japanの教育コンテンツを、
顧客基盤に強みを持つ現地提携会社に供給し、事業展開していく。

1園ずつ契約を積み上げる難しさと 子どもたちの素直さと

STEAMプログラムの本格的な営業が始まった現在、振り返って一番苦労したことは何でしょう?

2023年1月に営業を開始してから3か月は本当に売れませんでした。「なぜ売れないんだ」とオンラインでいろいろ聞き取りをしたのですが、原因が見えてこない。そこで4月から月1ペースで私ともう一人で代わる代わる現地へ行くようにしました。KiddiHub社のボードメンバーは、最初「とにかく、学研の言う通りにやってくれ」といった方針でした。でも、最前線の営業からすると「いやいや、こういう商習慣だから、こういう手法が一般的だ」と、学研、KiddiHub社のボードメンバー、現場営業の3者の思惑と実際がかみ合っていなかったわけです。現地でそうした部分が少しずつ見えてきたので、KiddiHub社の意見とこちらの考えで妥協点・融合点を探して互いに擦り合わせを行いました。それが実を結び始めてから徐々に売れ始めたという印象です。

また、KiddiHub社がスタートアップ企業だからかもしれませんが、非常に流動性が高い職場であり、その点にはとても驚かされました。1週間、2週間営業をやってみて「ちょっとこの人しんどそうだ」と思うとすぐに解雇をするし、本人も転職しようとするのです。日本なら「もう少し様子を見よう」と思う期間なのかと思いますが。しかし、その結果として、学研のコンテンツの良さをきちんと理解して、やる気のある営業スタッフが揃い始めてきました。おかげで5園、10園と徐々に契約を積み上げることができ始めたのが4月期以降です。もちろん、顧客の幼稚園から「月謝を上げたいから新しいコンテンツを入れたいと相談された」などのタイミング要素もありますが、体制・手法を確立させて現場が動くようになってきたのは大きな進展でしたね。

逆にうれしかったこと、楽しかったことは?

現地へ行った際は、コンテンツ改訂のための調査や幼稚園等への同行営業などをしています。そのなかで、私たちのプログラムを実践している幼稚園へ行き、授業を見学させていただけることもあります。自分たちが作ったもので園児たちが楽しく授業を受け、笑顔にあふれた時間を過ごしている姿には、何よりも大きなやり甲斐を感じます。日本で受け入れられている学研のプログラムをローカライズし、それがベトナムでも受け入れられていることは、学研のプログラムそのものに普遍性があるようにも感じますね。

そうそう。先生が授業をして、それに対して子どもたちがすごく喜んでいる姿は本当にいいですよね。私も「やってよかった」と強烈に思います。お国柄かもしれませんが、日本の幼稚園よりも盛り上がるほどですよ。子どもたちの反応が素直で、純粋で、まっすぐ心に刺さってきます。

ベトナムの幼稚園における、STEAMの授業の様子。
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ベトナムの幼稚園における、STEAMの授業の様子。

創業者の言葉を実感しながら、子どもたちの成長を願う

グローバル事業で扱うコンテンツは、STEAMプログラムのほかに何があるのでしょう?

DTP社とは課外授業として提供するSTEAMプログラムのほか、絵本の翻訳出版、オンライン英会話、物販などの事業をこれから一気に展開していきます。展開するコンテンツは学研のものに限らず、国内の他社の良質なコンテンツも含みます。たとえば、絵本の翻訳出版については、学研と業務提携をしているポプラ社とも連携して進めています。
一方、KiddiHub社からは「3歳から始められるプログラムがほしい」という幼稚園からのニーズが入ってくるようになりました。単に既存のコンテンツを推すだけではなく、現地が求めるニーズをどこまでどう組み込み提供するか、という点が現在の課題の一つです。

学研のプログラムの良さを生かしつつローカライズする、そのバランスが非常に難しいですね。それは、同じものを扱っても指導法や先生のスキルによって効果が大きく変わってくるからです。まさに学研の経験と実績がものをいう領域です。そんなカリキュラムに対して、現地の先生たちが「いいね」と受け入れられる部分もあれば、拒否される部分もあります。だからこそ常に現地のことを学び理解しようと心掛け、絶妙なバランスを目指して手探りで進めています。

では最後に、グローバル事業を通して両国が、ひいては世界がどう変わっていくとよいと思いますか?

今の日本は少子化が加速していて、当社の各事業にとってそれは不安要素でしかありません。グローバル事業はそのための事業でもあるのですが、根底には当社の創業者・吉岡秀人の言葉「戦後の復興は教育をおいてほかにない」があると思います。戦後であるかどうかにかかわらず、国の発展の基礎は教育にあります。それは今後も変わらないでしょう。ですから、学研のコンテンツを軸に教育面から各国発展の手助けができれば、それを世界各地で実践できればと思っています。

私も同感ですね。もともと国際協力の仕事をしていたので、今のグローバル事業を通して、「途上国の発展を支えたい」「貧困格差を解消したい」というピュアな気持ちを思い出しています。「人づくりは国づくり」というように、国を良くするためにはやはり人が大事です。だから、一人でも多くの子どもたちに学研のコンテンツを見て、手に取って、体験して、楽しい学びの時間を過ごしてもらいたい。幼少期の教育やいろいろな玩具・本に触れた気持ちを大切にしながら、負けない力とかレジリエンス(困難やストレスに適応して成長する力)、やり抜く力、思いやり、思考力などを培いながら育ってほしいなと思います。学研のSTEAMプログラムには、そういったものが詰め込まれているので、子どもたちがしなやかに育って、格差のない世界になっていってくれればうれしいですね。

T.H.

(株)学研ホールディングス グローバル戦略室 東南アジア事業チーム

2016年、(株)学研エデュケーショナルに入社。学研教室事業部に配属。福岡、静岡で既存FCのスーパーバイズ、新規FC開拓に5年間従事した後、2021年から(株)学研ホールディングスに異動し、グローバル戦略室の東南アジアチームに所属。ベトナム戦略の策定、パートナー探し、提携先とのシナジー事業の立ち上げに携わる。
MBA取得のために、ビジネススクールに在学中。2022年に第一子が生まれ、子育ても奮闘中。

H.S.

(株)学研ホールディングス グローバル戦略室 東南アジア事業チーム コンテンツ開発責任者

2008年アイ・シー・ネット入社。政府開発援助(ODA)のプロジェクトに従事。アフリカ、中東、南アジアでガバナンスや産業振興、評価業務に携わる。2020年より(株)学研ホールディングスグローバル戦略室と兼務開始。ベトナムで資本提携先パートナーとともに、幼稚園向けSTEAMプログラムの展開(ハノイ・KiddiHub社)、絵本の翻訳出版、物販事業の立ち上げに従事中(ホーチミン・DTP社)。
平日の夜をスムーズに過ごすために、週末は作りおき料理のためにほぼキッチンにいる。

※ご紹介した情報、プロフィールは取材当時(2023年10月)のものです。