Y.M.
(株)Gakken K12-1事業部 図鑑・科学編集課 図鑑チーム チーフディレクター
『学研の図鑑』が誕生したのは1970年。それから50年以上の歴史の中で、判型の変化や高精細写真の採用など、時代に合わせて形を変えながら多くの読者の方々に愛されてきました。最新シリーズの『学研の図鑑LIVE』では、スマートフォンやDVDで見ることができる動画やAR(拡張現実)による3DCGを図鑑に附属させたり、アプリ開発や他企業とのコラボレーションをしたりなど、積極的な事業展開をしています。こうした図鑑事業を軸とした多方面での展開について、担当編集者に話を聞きました。
現在は10名程度のメンバーで図鑑を制作しています。それぞれに得意分野があり、魚に非常に詳しい人がいたり、鳥が好きで観察が得意な人がいたりと、バラエティに富んだチームです。そういう個々人が得意なテーマの図鑑を制作しつつ、ほかの作業も並行して行っています。私は恐竜が大好きで恐竜図鑑の担当ですが、幼いころからかっこいい怪獣やモンスターが大好きな子どもで、その延長で恐竜が好きになりました。初めて買ってもらった図鑑は、旧版の『学研の図鑑 恐竜』でした。毎日それを見ては恐竜の絵を描き、家族や友達に「見て見て!」と披露していました。当時、恐竜が出てくるアニメや特撮がたくさんあり、どんどんのめり込んでいったのを覚えています。
絵を描いたり図鑑を見たりしているうちに、生物の姿形に興味を持つようになりました。そこからさらに姿形のもととなる骨格が好きになり、大学院まで進んで生物の骨格の研究をしていました。最初は研究者になるつもりだったのですが、途中から「このおもしろさを誰かに伝えたい」という思いが芽生え、編集者へと方向転換することにしました。学研の図鑑は子どものころから穴があくほど見ていましたから、学研に入社できただけでなく、図鑑チームへ配属され恐竜図鑑に携われたことは、まさに積年の念願が叶ったという思いです。
『学研の図鑑LIVE』は2022年から「新版」としてリニューアルを進めていますが、そこでは「図鑑体験」という言葉をよく使います。図鑑は、世界をテキストやイラスト、写真で表現するものですが、「図鑑だけで完結させないことが大事だ」というのがチーム全体の共通認識です。恐竜でも魚でも鳥でも動物でも、図鑑として目で見て学ぶ行為の先には、「実物を見る」「聞く」「触れる」といった実体験があります。だからこそ私たちは、「自然体験へ誘うことが何よりも大事な目標だ」と考えるわけです。たとえば、動物図鑑や魚の図鑑を見た後に動物園や水族館で実物を見ると、理解度がまったく違いますよね。恐竜は現代にはいませんが、恐竜図鑑では化石の写真に「ここは目の部分」「爪や牙が鋭い」といった簡単な説明をつけています。すると、博物館で化石標本を目の当たりにしたときには、さまざまな視点で観察できるようになるはずです。たとえば「あっちの恐竜は歯が尖っていたけれど、こっちは歯の上が平らだな、なぜだろう?」「そうか、植物を食べるからか!」などという発見や気づきが、きっと出てくると思います。
そうです。読者がすぐに実際の自然体験をできるわけではないので、そういう場合でも体験の種類を増やせるよう考えて構成しています。たとえば、DVDなら単に図鑑に収録されたものを動画で紹介するだけではなく、その生物が生きる環境や生態、鳴き声、特徴などを解説したり、大きさがわかりやすいよう身近なものと比べたり、あるいは動物園や博物館などで実体験する際に注目すべきポイントや注意点などをわかりやすく解説しています。そこからさらにもっと手軽に楽しめるようにしたのがARです。特定の図鑑のページをスマートフォンのアプリでスキャンすると、そのページに関連した生物や乗り物などの3DCGが現れます。360度くるくると回転できるので、どの角度からも観察できるわけです。図鑑のような一面だけの姿形ではないので、きっと新しい気づきが生まれるのではないかと期待しています。これらもやはり「見る」「聞く」「触れる」といった体験を増やしたいという思いからきています。
ナニコレンズは『学研の図鑑LIVE』から生まれたアプリケーションですね。読者が見つけた植物や昆虫などをスマートフォンで写真を撮ると、AI(人工知能)がその名前を判定してくれるというものです。親子で公園などに出かけたときお子さんが見つけた生き物に対する「これなに?」という疑問に答えたい、という思いから生まれました。判定したものは記録に残るので、家で図鑑の写真と見比べれば、「ここは同じだけれどここが違う」といったより深い理解への助けにもなるでしょう。家で読まれることの多い図鑑と、野外での自然体験の間をつなぐものとして、デジタルコンテンツを使えないかと思っています。これも学研の目指す「図鑑体験」の一つです。いい方を変えると図鑑は単なる入口で、もっと見たい知りたいと思うこと、そして外へ出て実物を探したくなる、そんな新世界への扉になってくれることを願って作っています。
そうですね。たとえば私が編集した『学研の図鑑LIVE恐竜新版』には、420体近い恐竜や魚竜、翼竜などが掲載されていますが、恐竜たちのイラストは最新の研究報告をもとに新しく描き起こしてもらいました。それができるようになったのも、リモート会議が一般化したおかげです。遠方の大学や博物館にいる監修の先生方とも密に打ち合わせができるようになったおかげで、先生と一緒にイラストや論文、そこに掲載されている写真などをチェックしながら「ここ、もうちょっと曲がっているよね?」というように、1点1点細かいところまでチェックできるようになりました。恐竜は特に新種が見つかったり、イメージ図の変更があったりと変化の激しい分野なので、最新情報をどこまで入れるかの判断が難しいところでした。また、私が恐竜大好き人間だったこともあり、先生方への取材や打ち合わせでは平気で3時間くらい話していました。これが、すごく楽しい時間でした。その中におもしろいネタがあれば「コラムにしませんか?」「どこかに載せましょう!」という具合に、できるだけ現場の熱量やおもしろさを拾い集めて図鑑に収めようと工夫を凝らしました。
ライセンス事業ですね。たとえば、お菓子メーカーとコラボレーションしたスナック菓子やグミなどをリリースしています。パッケージが図鑑のARのトリガーになっていて、アプリでスキャンをするとそれぞれで違う3DCGが出てくるようになっています。たとえば、ある袋はティラノサウルス、別の袋はトリケラトプスという具合です。ほかにもアパレルメーカーとコラボレーションして、図鑑で使用しているイラストを使ったTシャツやパジャマ、かばんなどを販売しています。こちらもタグをアプリでスキャンすると、3DCGが見られるようになっています。以前では考えられなかったコラボレーションですが、そうすることで『学研の図鑑LIVE」という名前やおもしろさが、書店や図書館以外の町中でも広まっていくことになります。
私自身は図鑑を作る際に、学問的にわかっていない部分は明確に「わからない」ときちんと書くようにしています。実際、どの分野でも現代科学ではわからない部分が必ずあります。特に恐竜は今は絶滅してしまっており、わからないことだらけです。その「わからない」「こういう可能性もある」「こんな意見がある」という部分に対して、急いで結論付ける必要はないと思うのです。そういう曖昧なところがあった方がおもしろいのではないかと。もしかしたら、今図鑑を見ている子どもたちが、そのわからない部分に突き当たり、知りたい気持ちから将来研究者になって解明してくれるかもしれません。そう考えるだけでもワクワクしませんか? だから今は、「なぜだろう」「どうなっているのだろう」とわからないことを楽しむ、それが豊かなことだと感じられる、そんな世の中になってくれるといいなと思います。
Y.M.
(株)Gakken K12-1事業部 図鑑・科学編集課 図鑑チーム チーフディレクター
大学院にて生物学の博士号を取得後、2017年に(株)学研プラス(現・(株)Gakken)に入社。小中学生向けの参考書やドリルの編集を経て、現在は図鑑の編集部に所属。2022年から開始した『学研の図鑑LIVE』シリーズのリニューアルでは、恐竜などのテーマを担当。
休日は絵画や模型の製作、もしくはゲームか映画鑑賞。
※ご紹介した情報、プロフィールは取材当時(2023年10月)のものです。
2014年に創刊した『学研の図鑑LIVE』は、2022年に「新版」としてリニューアル。
動画やAR、アプリなどさまざまな方法で、読者の「図鑑体験」を広げます。